ラショウモンカズラDSCN2962
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NETの歴史人からの引用です。
『藤原道長に仕えていた武将・源頼光が、大江山の鬼退治を終えた後のことというから、平安時代も後半、10世紀も末の頃か。舞台は頼光の屋敷である。
そこに、配下の四天王(碓井貞光、坂田金時、卜部季武・うらべすえたけ、渡辺綱・わたなべのつな)や和泉式部の夫・平井(藤原)保昌(やすまさ)を招いて、酒宴を張っていたところから物語が始まる。
宴もたけなわとなった頃、保昌が何気なく「羅城門に鬼がいる」と言い出したことが、論争の始まりであった。
これに反論したのが渡辺綱。「王地たる都城南門に鬼なぞ棲食うはずがない」と言い張るのである。
ならば「確かめよ」との貞光の言に押されて、綱が一人馬に乗り、都の南端にそびえる羅城門へと向かったのだ。
雨が降りしきる夜であった。城門に近づくにつれ、風雨が激しくなる。それでも、何事もなかったかのように、来訪のしるしの札を門前に立てかけ、「いざ、帰らん」と踵を返そうとしたその時、
突如、背後から綱の兜を掴み取ろうとする者がいた。それが、目を爛々と輝かせて睨みをきかす奇怪な鬼であった。
綱がすかさず太刀を振りかざすも、鬼の鉄杖とぶつかってカチリ。幾度か激しく渡り合った後、ついに綱が鬼の腕をバサリと斬り落した。
痛手を負った鬼が逃げ口上として声高に叫んだのが、「時節を待ちて又取るべし」の一言であった。「覚えてろ、てめえ!近いうちに取り返しに来てやるからな」とまあ、こんな風に言うのである。』以上が引用
花が綱が斬り落とした鬼の腕の斬り口に似ているということでラショウモンカズラと名付けられたと言われます。
アルバム: 4月の庭
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